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「個体」としての幸せ [雑感]

思えば
生物の「個体」として考えたら

「おいしく食べる」
「気持ちよく寝る」
「スッキリ起きる」
「気持ち良い排泄」

これが「幸せの基本」なのではないか?
(ていうか、これしかないのではないか?)

で、それぞれのアクティビティ(?)の合間に
「食べ物を手に入れ」たり
「寝床を設えたり」
「便所を作ったり」
することが必要なのだろう。

これは人間に限らない。はず。

そうしたことの上に
「繁殖」とか「種の保存」なんかがある。

あとは「余暇」みたいなものなんだが

「食べ物」に関しては
自分以外の何らかの「命」を頂かないといけないのであって
ここが最も重要なのだ。

植物でも動物でもよいが
「命あるなにもの」かを体内に取り込まねば
生きてはいけない。

ここが、「各個体」にとって
頭の痛い問題でもあるのだ。

「食うか食われるか」だからだ。

人間はそんななかでも食物連鎖の頂点に立ち
ともすればその「環」の中から独立して
独自の立場を取ろうともがいているのかもしれない。

だが、結局は微生物や細菌、ウイルスなど
そうしたものの「食べ物」になっているんだろうし
植物などには「胃袋を握られ」
収穫はされるけれど「種の保存」を約束しろと言われ
「育てさせられ」ているのかもしれない。

また急に何を?ですか?

小さな地球という生物の上
そのなかでは誰も
どこにも出て行けない。

食べ物にありつけるし、誰かの食べ物になる。んだ。

ウォシュレットの便座に座りながら
そんなことを考えた。

夏バテか>俺。




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